「皆・・・起きて・・・皆・・・」

アルクェイドたち七人は優しげな男性の声に静かに静かに眼を覚ました。

そこは、広い、広い一室、そこに全員は同じデザインのベットに横たわっていた。

「あれ?志貴・・・」

「七夜君?・・・」

「兄さん・・・」

「あっ・・・志貴様・・・」

「し、志貴さん・・・」

「志貴・・・」

「兄様・・・」

「どうかしたの皆?すごく魘されていたけど?」

「「「「「「「!!!」」」」」」」

志貴の言葉に全員息を呑む。

「あっ・・・ご、ごめんいやな夢でも見たの?」

「う、うん・・・」

「はい・・・」

「嫌な・・・」

「とても嫌な・・・」

「夢を見たんです・・・」

「忘れたかったのに・・・」

「思い出したくない夢を・・・」

「そうなんだ・・・でも大丈夫だよ・・・」

そう言うと志貴はふっと微笑んだ。

しかし、その笑みを見たアルクェイド達は何故か体が震えるのを自覚していた。

「だって・・・もう・・・皆が・・・夢を見る・・・必要は無いから・・・」

そう言うと志貴は眼鏡を取ると笑いながらナイフを取り出した。

「し、志貴・・・どうしたのよ?」

「どうしたって・・・これで皆を切り刻むだけだよ」

「ど、どうして・・・」

「先輩・・・殺人鬼に『なんで殺す』のなんて無為に過ぎないよ・・・」

「に、兄さん・・・」

「志貴・・・な、何故・・・」

「七夜が外れたものを殺すのは至極当然だろう?秋葉?シオン?」

「し、志貴様・・・」

「志貴さん・・・」

「に、兄様・・・」

「翡翠、琥珀さん、沙貴・・・お前達には恨みとかは無いけど・・・強いて言えばお前達に飽きたかな?」

いつもと同じ笑みを浮かべて近付く志貴にアルクェイド達は動く事すら出来ない。

「大丈夫だよ。平等に順番で切り刻んであげるから」

「「「「「「「ひっ!!」」」」」」

そう言うと、動く事も出来ずに震えるだけの七人にすっとナイフを構え

「始めようか・・・惨殺の宴を」

振り下ろそうとした瞬間だった

「がっ!!!」

どんと何かが当たる音と同時に志貴の胸元に刃が生えていた。

「・・・お前が惨殺させろ・・・」

その人物は間髪を入れず、ナイフを持っていた志貴の腕を一刀両断すると瞬く間にその体を二十七に分割していた。

そして、その人物もまた・・・

「志貴!!!」

「七夜君!!!」

「兄さん!!」

「志貴様!!」

「志貴さん!!」

「志貴!」

「兄様!!」

七夜志貴だった。

その志貴はナイフを構え、床の部分を貫いた。

その瞬間部屋も、風景も、解体された志貴の体も、何もかもがひびわれ粉砕された。

その後には無限の闇が用意されていた。







「アルクェイド!!先輩!!秋葉!!翡翠!!琥珀さん!!シオン!!沙貴!!」

俺はぐったりとしている七人に必死で呼びかける。

しばらくすると

「ううん・・・」

「あ、あれ?ここは・・・」

「に、兄さん・・・」

「あ、あれ・・・」

「あら・・・ここは・・・」

「うう・・・」

「あ、あああ・・・兄様?」

「皆、目を覚ましたか・・・」

眼を覚ました皆にほっとした笑みを零す。

その瞬間全員が堰を切った様に涙をぼろぼろ零して泣き出した。

特に沙貴とシオンに至っては俺にしがみ付くとわんわん泣きじゃくる。

「兄様・・・ひっく・・・怖かった・・・怖かったよぉぉ・・・」

「志貴ぃ・・・志貴ぃ・・・」

「ううう・・・な、七夜君」

「に、兄さん・・・兄さぁん・・・」

「志貴様・・・志貴様・・・う、うわああ・・・」

「わ、私・・・怖かった・・・志貴さん・・・怖かった・・・」

「志貴・・・ううう・・・うわああああん!!志貴ぃ!」

俺は暫くの間どうする訳でもなく、皆の背中を何も言わず順番にさすってあげていた。

「志貴、そろそろいいか?」

「志貴さま・・・」

「鳳明さん、レンもう少し、まだ皆完全に回復した訳じゃないから」

「確かにな、全員相当きついのを受けたんだろう」

俺の言葉に鳳明さんが頷いた時だった。

「!!志貴さま来ます・・・」

レンが不意に闇に満ちた空間の一角を睨み付ける

その言葉を受けて、俺は皆から体を離すと静かに『凶断』・『凶薙』を何時でも抜ける様に構える。

そしてそこに現れたのは、一見すると温厚なそれでいて眼光鋭い一人の老人だった。

「・・・これはわしとした事が・・・迂闊じゃったな・・・よもやわしと同じく夢を操る者がお主の手駒にあろうとは・・・この者を使いわしの悪夢の結界から抜け出したと言う訳か・・・七夜志貴」

「俺も迂闊だったよ・・・『凶夜』にただ一人、死後ようやく『凶夜』として認定された者がいた事を忘れていた。その者の持つ能力・・・夢を操り肉体で無く精神を破壊し、魂を殺す・・・それゆえにそうなったと言う『凶夜』・・・お前をな・・・・七夜籠庵!!」

俺が怒りに満ちた表情でそう叫ぶと、籠庵は飄々と笑いながら、

「左様、わしの能力は今の時代風に言えば『夢を演出する』と言うもの、なかなかに痛快じゃったぞ、悪夢とは人それぞれ、なのじゃから・・・」

「とことん性根の腐った野郎だ」

「それは違うぞ、七夜志貴。わしの様な能力ではお主や鳳明、また乱蒼や風鐘のようなことは不可能。それゆえにわしは他者から見れば陰湿なる術しか暗殺としての術を知る事が出来なかった・・・」

「・・・・・・」

その返答に一瞬口を噤むと今度は鳳明さんが、

「しかし・・・何故だ?籠庵、何故お前までが遺産の一人となった?お前は乱蒼や風鐘の様に、全てから拒絶された訳でもない。何故お前が・・・」

「答えは簡単じゃよ鳳明。確かにわしはお主達の知る通り、死後『凶夜』としての烙印を押され聖堂からは追放された。その時見い出したのじゃよ。他の『凶夜』達の魂の慟哭・・・嘆き・怒り・憎しみ・恨み・・・その念は行く所を知らずただ霧散するだけ・・・その念は何処に赴けば良い?『凶夜』達の思い誰にぶつければ良いのか?その無念は察して余りあった。それゆえにわしは決意したのじゃよ。ならばわしがその念を導いてやろうと・・・そしてわしは神の恩恵を受け、この指輪を新たなる寄り代とした。・・・遺産『悪夢と婚姻せりし者への婚約指輪(エンゲージ・リング)』としてな!!」

そう言うと籠庵の体内から殺気が満ち溢れた。

俺はすかさず『凶断』・『凶薙』を一気に抜刀する。

「確かに・・・『凶夜』に対する七夜の扱いはむご過ぎた・・・俺もこの力は十分に『凶夜』であったからな・・・それは同情できる!!しかしな・・・お前は俺の大切な人達の心の傷に土足で踏み込み汚した。その覚悟は出来ているだろうな?」

そう言うとじりじり近付こうとすると、籠庵は再び飄々と笑いながら、

「慌てるな、慌てるな・・・わしとて風鐘と同じ様にこの生身ではお主に太刀打ちなど到底不可能じゃからな・・・本気を出させてもらおう・・・お主の出番じゃぞ!!我が象徴よ!!」

そう言い再び俺から距離を取ると、杖を強く地面に叩き付けた。

その瞬間、なにか音が聞こえ始めた。

「?これは・・・」

「琵琶?」

鳳明さんがそう呟くと同時だろうか、籠庵の頭上に蜃気楼の様に揺らぎ、明確な形を浮かび上がらせ現れたのは、法衣に身を包んだ・・・法師だった。

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しかし・・・その法師にはあまりにも生気が無かった。

それはあたかも木の人形・・・

「こやつがわしの力の象徴、『夢の語り部となす琵琶法師』じゃよ」

そう言うとその法師は生気を到底感じる事の出来ない手が琵琶を弾き始めた。

「??」

俺が油断無く周囲を探っていたが、何の変化も無い。

「?どう言う事だ?」

「ほっほっ・・・焦るな焦るな、今面白き物をお主に見せてやるから・・・」

そう言っている間にもその琵琶の音はいよいよ大きくなっていく。

「!!志貴周りを見ろ!!」

「えっ・・・!!!」

鳳明さんの声に慌てて周りを見渡した瞬間俺は絶句した。

俺の周りに複数の風景が浮かんでは消えている。

俺がアルクェイドを殺した場面、ネロ・カオスとの死闘・先輩とのぎりぎりの戦い・ロアとの夜の校舎を舞台とした戦い・弓塚との別れ・シキとの戦い・反転した秋葉との殺し合い・鳳明さんと共に戦った過去より現れた化け物との激闘・『タタリ』こと『ワラキアの夜』との数々の戦い・軋間紅摩との過去の清算の決闘・そして・・・

「ほほう・・・やはりこやつか・・・いいぞ法師よ、こやつの夢の語りを行うがよい」

そう言うと同時に、ある一つの光景を残し他の全ての光景が消え去った。

そして、その光景は見る見るうちにふくらみ、俺を呑み込み、何時の間にか俺はあの時と同じ影絵の町に立っていた。

そして、籠庵の位置に立っていたのは・・・

「き、貴様・・・」

「ふふっ何もそんなに驚く事も無いだろう。志貴、お前にとって最悪の悪夢とは後ろの真祖が理性を無くす事でも、混血者の外れ者が正真証明外れる事でもない。血に呑まれ、真に七夜となる己自身に他ならん。そして俺はお前の悪夢を具現化したに過ぎないのだからな」

絶句する俺を尻目に、そう言うのは紛れもなく俺の中に潜む殺人衝動の擬人化ともいえる存在・・・『殺人貴・七夜志貴』だった。

しかし、奴の言葉に我に帰ると直ぐに言い返した。

「・・・ああ、そうだな、俺にとってはお前がいると言う事自体が悪夢そのものだって言う事を忘れていたよ。ならば・・・悪夢は消えろ!」

そう言うと俺は『凶断』・『凶薙』構えたがその瞬間、信じられないものを見た。

奴が鏡の様に構えたのは俺と同じ『凶断』・『凶薙』・・・

「ば、馬鹿な・・・」

「ふふふっ・・・志貴、悪夢もまた進化を続けるものさ。お前がこの二本の小太刀を得て己が力を真に会得したと同じ様にな」

そう言いながら奴は逆手に双方の小太刀を持ち替えると、姿勢を低くし、突撃の体勢を取る。

「・・・ふふふふ・・・ははははは!!面知れえ!!一度殺り合ってみたかったんだよ!徹底的に貴様とな!志貴!!」

俺はその瞬間今まで感じたことの無い、強烈な殺人衝動に支配されていた。

俺も『凶断』・『凶薙』を逆手に持ち替え志貴と同じ様に低く体勢を構える。

「ふふ・・・そう来なくては・・・」

俺もあいつもきっと同じ表情をしている。

心の底から笑っている・・・きっと・・・

こんな事は初めてだった。

・・・殺しが心底楽しいと思えるなんて・・・

「「さあ・・・殺し合おう」」

俺達は同時に同じ動きを開始していた。







気がついた時、アルクェイド達・・・いや、志貴と一心同体である筈の鳳明すら志貴から離れ、当の志貴は・・・信じ難い事に、別の空間でもう一人の志貴と対峙していた。

「ええっ!!何よあれ!」

アルクェイドがそう言うと、心当たりがあった二人が口を開いた。

「あ、あれは・・・あの時の兄さんに似ている・・・」

「私も見た覚えがあります・・・『タタリ』が具現化したものの一つ・・・殺人鬼と化した志貴・・・」

「シオンと言ったかな?その表現は正確ではない。正しく言えばあれは七夜の純粋培養で育った場合の志貴だ。退魔と殺人衝動に忠実に従う殺人機械としてのな・・・それ故に今の志貴にとってはあの志貴こそが最悪の悪夢となる・・・なんてこった。あの象徴の能力は悪夢自体を具現化させると言う事か・・・」

「ほ、鳳明様・・・この場合どちらの兄様が・・・」

「そいつはわからん。おそらく実力は互角。どっちに転んでもおかしくは無いし、どちらとも無事では済むまい・・・」

「ほっほっほ・・・その通りじゃよ」

その言葉にはっとすると、一同の直ぐ隣に七夜籠庵が佇んでいた。

「!!籠庵」

「おっと鳳明、わしはお主達を害する為に来たのではない。どの道、害する事も今のわしには不可能じゃからな」

「どう言う事?」

「今のわしはその全ての力を象徴に注ぎ込んだ、いわば抜け殻。悪夢の結界を創る力も無い。いわばわしはお主達にとってはいてもいなくても良い者じゃからな・・・」

「・・・七夜籠庵と言いましたね」

そこにシオンが籠庵の前に立った。

「なんじゃ?お嬢さん」

「・・・貴方は『ズェピア・エルトラム・オベローン』と言う人物を知っていますか?」

「??・・・おお、思い出した、思い出した。確かその様な名であったな。我等が神に挑んだ若造の名は」

その言葉に全員はぎょっとする。

「じゃあ何?お爺さん。あの『ワラキアの夜』を創り出すきっかけとなった第六法があんた達の崇拝する神だと言うの?」

「左様と言えば良いのかの?真祖の姫君。あの者は我等が神に挑みそして神の怒りに触れ霧散した。その後、死徒とやらになったようじゃが、その際道案内であったわしの能力を応用したのじゃろうな」

「・・・噂と夢は似たようなもの・・・」

「あやつにとってはわしの能力が他の遺産に比べ強力に思えたのじゃろう。しかし実際には、わし等それぞれ一長一短あるのじゃが・・・」

「籠庵・・・教えてくれ・・・一体神とは何なんだ?お前達が崇める神とは一体・・・」

「・・・鳳明・・・神は神じゃよ・・・それ以上でもそれ以下でもない」

「籠庵・・・そいつは・・・一体・・・」

鳳明がそう呟いた瞬間、

向こうの空間から「はははは!!」と狂ったような笑い声が聞こえてきた。

全員が振り返ると、双方の志貴が甲高く笑っていた。

「・・・面知れえ!一度殺りあって見たかったんだよ!徹底的に貴様とな!志貴!!」

「ふふふ・・・そうこなくてはな」

そう言うと姿勢を低く保ち『凶断』・『凶薙』を逆手に構え、いつでも斬り込める体勢を作る。

信じ難い事に二人とも笑っていた。

「「さあ・・・殺し合おう」」

そう同時に呟いたのが開幕となった。

片方は生れ落ちた時より宿す、死を支配する双眸を武器とする優しき死神、もう片方は己が持ちし技量を極限まで高め鍛え上げし非情なる死神。

同じ魂でありながら、わずかな道の違いで決定的に違った二人の志貴・・・この世で最凶の人間同士による、この世で最も凄惨かつ美しき戦いの・・・

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呟いたと同時に、両方の志貴は一瞬の内に姿を消し次の瞬間には

「せいっ!!!」

「斬!」

鏡の様に同じ体勢、同じ構え、同じ太刀筋で同じ技を放った。

瞬時に高速移動し、横薙ぎに『凶断』を払う。

『閃鞘』と七夜では呼ばれる高速奇襲技『閃の七技』の一つ『七夜』である。

金属の鳴る軽やかな音が響き渡り、双方とも一旦距離を置く。

だが再度双方の志貴は姿を消す。

今度は横の空間を利用しての斬撃が瞬時に繰り出される。

同じく、『閃の七技』の一つに数えられる『双狼』がその技の名だ。

そこに更に一方の志貴が姿を消すと、今度は上空に出現した

「・・・隙だらけだ」

その言葉と共に『凶薙』を下から薙ぎ払う様に振るう。

「・・・『八穿』か・・・仕留める!!!」

志貴の脳天に一撃が叩き付けられると思われた瞬間、志貴は体を屈めその斬撃をかわし上空目掛けて蹴りを放つ。

「ちい!!『閃走・六兎』・・・がっ!!」

その蹴りは志貴の顔面を捕らえ、体勢を崩したまま墜落していく。

しかし、その体勢から志貴は姿を消し今度は上空から志貴に斬りかかる。

「『伏竜』!!ならば」

志貴はそこから体勢を強引に立て直し『八穿』で攻撃を受け止める。

攻撃を防がれた志貴であったが、そこから体勢を立て直し着地すると『七つ夜』を構え

「・・・斬刑に処す」

閃光のみが残る刺突を繰り出す。

「くっ!『八点衝』!それなら・・・」

しかし、志貴がその斬撃の餌食になりかけた瞬間姿を消した。

「死ね・・・」

次の瞬間、志貴は信じ難い事に志貴の至近に現れこちらも『七つ夜』で正確無比な十の刺突を繰り出す。

「くそっ!!『十星』か!!」

その瞬間志貴は志貴ではなくそれぞれの刺突に刃を合わせる。

『八点衝』と『十星』、同じ『閃の七技』がぶつかり合う

だが、それも短時間で終わると今度は

「次は俺の番だ・・・」

「なっ?」

志貴が驚愕しつつも技を納めた瞬間

「寝てろっ!!」

志貴が姿を現し、内股の要領で脳天から地面に叩きつける。

「・・・『閃鞘・一風』か・・・」

鳳明が呟く中、何かが砕ける音と共に志貴は志貴を地面に叩き付けていた。

叩き付けられた場所からは血がじわじわと滲み始めている。

「・・・ふう・・・やったか・・・なっ!!!」

その瞬間全員が自分の目を疑った。

既に死後の痙攣を行っているはずの志貴の体が影の様に黒くなるとそのまま地面に引っ込んでしまった。

「こ、こいつは・・・!!!」

呆然としていたが瞬時に何かを感じたようにその場を離れる。

その瞬間志貴の今までいた場所にどす黒い巨大な槍が突きつけられる。

「こいつは『ヘビーランス』・・・それにあれは一体・・・」

「ふふふ・・・志貴俺はあくまでも遺産の力で具現化した悪夢。悪夢が死ぬ訳が無かろう」

影が盛り上がる様に現れる志貴。

その手には『凶断』を抜いた状態でいる。

「なるほどな・・・ならば貴様を肉片一つ残さず消した方が手っ取り早いと言う事か」

そう呟くと同時に志貴は『凶断』を再び抜刀すると躊躇い無く真紅の槍を放出する。

「・・・無為!」

今度は『凶薙』を構えると、そこからどす黒い雷が吐き出され、槍と相殺される。

更に間髪いれずに

「そらっ!!」

黒き弾丸を志貴目掛けて叩き込む。

「甘いッ!!」

それを真紅の暴風が弾き飛ばし、更に急に志貴の足元から無数の剣山が盛り上がる。

「ふっ!」

その攻撃を間一髪でかわしたがその時

「・・・極死・・・」

「!!!」

唄う様に志貴が舞い上がる。

「七夜・・・」

着地寸前の志貴は避ける事も出来ず捕らえられ・・・

「・・・惨式・・・」

そのまま着地に入ると同時に志貴の首の骨を粉砕し、更にはその力を利用して、志貴を上空に浮かせ脳天から再び地面に叩き込む。

しかも『閃鞘・一風』の様に骨を粉砕するのではなく、頭部そのものを押し潰す様に全体重を込めて押し付ける。

その結果、なんとも形容しがたい音と共に、周囲に頭部の破片が血と共に撒き散らされる。

七夜が誇る、死奥義『極死・七夜』、その中でも最も魔の破壊と殺戮に適した技『惨式』、正式名称『極死・落鳳破』である。

首の骨のみを粉砕(熟練者ならば更に頭部を引き抜く事も可能である)する『初式』、神経の中枢を担う背骨を重力と地面、そして己の体重を最大限利用して、一点に絞り込み、破壊する『弐式=極死・雷鳴』では殺害不可能の魔もいた。

その為先人達は、最終手段として頭部そのものの破壊する事のみを追い求め、遂に完成させたのが、『初式』と『弐式』を一つに纏め上げたかのような『惨式』である。

当初は『参式』と呼ばれていたが、余りの残虐性と破壊力に次第に訛り『さん』が『ざん』と言葉を変え、今の『惨式』と言う畏怖と恐怖に満ちた呼び方で呼ばれるようになった。

「ほほう・・・長く存在を残して見るものじゃな・・・あのような美しい型の『惨式』見た事が無いわい」

「ああ・・・やはり志貴は最強の七夜と呼ばれるに相応しい。七夜の長き歴史でもあそこまで『惨式』を芸術の域にまで行きつけさせた男は始祖を除けば志貴が初めてだ」

『惨式』をみた籠庵と鳳明は同時に絶賛の声を発する。

ただし、籠庵が歓喜に満ちた表情に対して、鳳明は苦渋に満ちたものだった。

そしてアルクェイド達は、初めて見る七夜同士の戦いに声を失っていた。

「・・・う、嘘・・・志貴・・・強すぎるよ・・・」

「こ、こんな事が・・・」

「こ、これが七夜の・・・本当の力・・・」

「「「・・・・・・」」」

「予測外としか・・・言いようが無い・・・ここまでの力を・・・」

「に・・・兄様・・・」

当の志貴本人は笑みも浮かべずにただ、その死体を凝視していたが、やがて死体が黒き影と化し地面へと吸い込まれる様に消えていった。

しかし、今度は驚く事無く『凶薙』を構えると見当違いと思われる方向に竜を放出した。

恐ろしき感覚であろう。その方向には今まさに再度復活を遂げようとしていた志貴がいた。

竜は寸分違わぬ精度で志貴の上半身を吹き飛ばした。

だが、

「ちっ、仕留め損なった」

志貴は上半身こそ消し飛んだが下半身は無事で猛烈な勢いで上半身の再生を始めていた。

鋭く舌打ちをすると今度は『凶断』を構え隕石郡をまさに豪雨の如く降らせるが、次の瞬間志貴は完全に復活を遂げ、こちらは自らの身に竜を纏わせ、急上昇で舞い上がった。

「!!!」

志貴は表情を強張らせた。

昇竜と化した志貴は隕石を掻い潜り、時には正面から粉砕しながらこちらに一直線に突き進んでいく。

咄嗟に『凶薙』を構えるとこちらも力を竜に変じさせると、昇る竜に目掛けて降下していく。

皮肉にもそれはかつて志貴と鳳明が過去よりの異生物を殺すべく行ったものと酷似していた。

違うのは共通の敵を殺す為でなくお互いを滅ぼす為に・・・

そして、紅竜と黒竜は真正面からぶつかり合い、次の瞬間、猛烈な光とともに志貴達は同時に吹き飛ばされていた。

二人とも綺麗に着地を決めるが、双方とも傷だらけとなっていた。

それは『昇竜』と『降竜』、妖力具現化の威力を改めて見せ付けるものであった。

しかし、一方の志貴の傷が跡形も無く消え失せたのに対して、もう一方の志貴は全身傷だらけであった。

「ちっ・・・何処までもしぶといもんだな貴様・・・しかも具現化能力を完全に手中に収めていやがる」

「それは道理と言うものだ志貴、お前が成長すれば悪夢もまたそれ相応の進化を遂げる。唯一つ会得出来ぬのは、お前の双眸に宿りし死を支配する瞳のみだ・・・だからこそ・・・俺は貴様を殺し・・・その眼を・・・そして七夜志貴という座も我が手の内にする!!」

その瞬間漆黒の竜が吐き出される。

「くっ!!」

それを志貴は紙一重で回避し、反撃を行おうとした瞬間、黒き鳳凰が直ぐ目の前に迫りつつあった。

「な、なにっ!!!」

さすがにこれは回避し切れなかったのか真正面から直撃を受けて、吹き飛ばされる。

「志貴!!」

思わず鳳明が叫ぶ。

「ふふふ・・・見たか志貴。俺の最終具現化能力『黒鳳』は?」

「ぐ・・・ぐううう・・・」

「お前の『鳳凰』に比べ力は衰えているが、こいつの長所は何回でも撃てると言う事だ。通常の具現化能力と同じ様にな・・・そして・・・こんな事も出来る」

その瞬間志貴は二本の刀を構え再び己の身を黒き鳳凰としてその身を変え、ようやく立ち上がった志貴にぶつかる。

その一撃を受けて倒れ掛かる志貴だったが今度は、後方から『黒鳳』が襲来し、瞬く間に右、左そして、再び前方に目まぐるしい速さで志貴に倒れる暇も与えず、連続で『黒鳳』の攻撃を畳み掛ける。

「な、なんて奴だ・・・あれほどの具現化能力をこれほどの長時間維持し続けるとは・・・」

「ちょっと!!鳳明!!!そんなのんきな事言ってる場合!!志貴がやられちゃうじゃないの!!」

「そうです!!こうなれば七夜君の助っ人に・・・」

「無理だ。あの空間はいわば志貴自身の作り出した悪夢を籠庵の力で具現化された別世界。俺達はあの中に入る事は出来ん」

「何言っているのよ!!そんな事を言っている間にも兄さんが・・・」

「それに!!」

「!!!」

「・・・もし助けに入られるなら俺が真っ先に行っている・・・」

「・・・鳳明様・・・」

そうこうしている間にも『黒鳳』の速度は更に増し、遂には黒い突風のように志貴を寸断無く滅多打ちにする。

更には、その速度に竜巻が起きているのだろうか?

志貴の体が浮き始め、勢い良く上空に吹き飛ばされる。

その瞬間突風と化していた黒い鳳凰が志貴を止めとばかりに、急上昇を行い下から突き刺さる。

「がはぁぁぁ!!!!」

成す術も無く、弾き飛ばされ、更には黒き鳳凰は立て続けに上方向から志貴もろとも地面へと叩き付ける。

この攻撃に志貴はぴくりとも動かない。

「ふふふ・・・」

黒き鳳凰から人に戻った志貴はその志貴を悠然と見下ろす。

服はずたずたに切り裂かれ、上半身に至ってはぼろきれをかろうじて体の一部につけているだけの志貴を・・・

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